騎士団長殺し 第1部 顧れるイデア編 / 村上春樹



村上春樹、4年ぶりの長編小説。

絵描きである主人公は妻から離婚を切り出されたのを機に家を出て、小田原にある一軒家に住むことになります。そこは日本画家の雨田具彦がかつて住んでいた家で、そこで主人公は"騎士団長殺し"と名付けられた一枚の絵を発見することに…。

とにかく謎の多い物語ですね。
主人公に肖像画を依頼してきた免色(めんしき)という男は第1部ではほとんど正体が明かされませんし、地下から聞こえてきた鈴の音に突然現れた騎士団長、免色の娘かもしれないという少女や白いスバル・フォレスターの男に至るまで、重要な要素と思われるのに情報がほとんど与えられません。
今回は人物の細やかな心情で惹き込むタイプではなく、概念的な説明が多いため、感情移入できるような作品ではありません。村上春樹の文章自体は相変わらず好きなんですが、前作でも感じたような鼻につく部分もあるにはありました。それでも、第1部の終盤になるにつれ物語がしっかり動き出し、ページをめくる手が止まらなくなるのも春樹作品ならではの感覚。

ちなみに、彼の作品には欠かせない、美味しそうな料理や興味深い音楽は今回もしっかり登場します。特に料理は毎回毎回よくここまで魅力的なメニューが出せるものだと感心してしまうほどで、自炊したくなってくるんですよね。

◆村上春樹作品の評価
「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」
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テーマ : 読書感想文
ジャンル : 小説・文学

無花果少年と瓜売小僧 / 橋本治



久々の桃尻娘シリーズ。5→1→2→3と読んできて、これがシリーズ4作目の作品になります。
今回は桃尻娘こと、榊原玲奈はほとんど登場しません。その代わり、全編に渡って磯村薫(無花果少年)と木川田源一(瓜売小僧)の関係に焦点を当てています。「木川田といっしょに暮せないかな~」などと考えた磯村くんが高幡不動で一人暮らしを決意。父親と喧嘩した木川田くんが転がり込んでくる形となって、上手いこと同棲生活が始まるんですが、二人とも内面では様々な葛藤があって…。

木川田くんは真性のゲイだけど、本命の先輩がいて磯村くんに特別な感情は抱いていない様子。逆に、普通に女の子が好きだったはずの磯村くんの方が木川田くんに片思いをしているように見えます。磯村くんの場合、特に何も考えていないんですよね。男が好き、女が好き、という感情に囚われているわけではなく、木川田くんが好きなわけで、ある意味最も純粋に愛情表現ができているタイプなのかもしれません。
今回面白かったのは、当初思い描いていた磯村くんと木川田くんの性格が反対だったことですね。木川田くんはゲイであることをカミングアウトしていて、堂々と生きているイメージ。磯村くんはルックスに恵まれているのにいつもウジウジ悩んでいるイメージだったんですけど、むしろ逆でした。木川田くんはゲイであることを自覚して初体験するところまで描かれている実質本作の主役なので、今作で彼のファンがかなり増えたんじゃないかな。

男同士だからといって色物っぽさは感じず、80年代の純愛小説といった風で、生々しい描写はあるものの感情移入はしやすい佳作。二人の関係が一気に揺れ動く中盤以降は、グイグイ惹き込まれました。
ただ、続く5作目の最初の章もそうでしたけど、三人称の文体は嫌いです。特にこのシリーズは文章にクセがあるので、余計に引っかかってしまうんですよね。ところどころで冗談っぽい文章が差し込まれると、何か意味もなく言い訳されているような気にさえなりました。

◆橋本治作品のレビュー
「帰ってきた桃尻娘」

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ジャンル : 小説・文学

舞台 / 西加奈子



29歳の葉太はニューヨークで一人旅をしている最中に盗難に遭い無一文になってしまう。しかし、自意識過剰な彼は困っていることを誰にも伝えることができず、何事もなかったような演技をし続ける…。

心の中では明らかに混乱しているのに、平静を演じてしまう。見知らぬ人ばかりのニューヨークだというのに、主人公のカッコつけは一向に止まりません。書店であらすじを読んだ時からこの一点だけでも僕は主人公にただならぬ共感を覚え、絶対に読まなくてはと思いました。

が、実際はあらすじを読んで想像していた内容とはかけ離れていて、しかもそれが好みではない方向に向かってしまっていた感じ。主人公の心情もリアルに描かれているとは思いますが、不快指数が高すぎて全く共感できません。父親との関係も上手く描かれているとはいえず、本当にただの嫌なヤツにしかなっていないんですよね。
作中にも名前が出てくるように、作者は明らかに「人間失格」を意識して書いてはいるんですけど、あちらの主人公が生に絶望するほど悩んでいながら(好き嫌いがはっきり分かれるのは別として…)感情移入しやすい人間だったのに対し、こちらの葉太は悩み方が自分に近いのがかえってどうでもよく見えてしまいます。本や映画は多少脚色されている方が面白くなるんだろうな。

やはり同じような手法で「人間失格」を書いた太宰治は天才だったんだなと再認識しました。

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ジャンル : 小説・文学

しょうがの味は熱い / 綿矢りさ



付き合いも長く、同棲している一組のカップル。彼女である奈世(なよ)は、こんなに長くいっしょに住んでいるのだからそろそろ結婚の話が出てきてもおかしくないはず、とプレッシャーをかけ続け、彼氏の絃(ゆずる)は自分のことに必死で彼女からの圧力から逃げ始める…。
何となくいっしょにいる男女にはありがちな内容でありながら、双方の視点で語られているために、男女ともに理解できる点はあるはずです。

ただ、僕は読んでいる間ずっと奈世にイライラしっぱなしでした。
もちろん、絃の煮え切らない態度もどうかと思いますよ。ただ、男の意見としては、見返りを求めた気遣いというものが、相手にどれだけの負担になるのかということをよく理解してほしいと声を大にして言いたい! この作品の中で奈世がしていることはいちいち押しつけがましくて、終いには婚姻届けまで持ち出して勝手にお祝いムード…。これは反則でしょう。

結局、奈世は実家に戻り、彼女の存在の大切さを再認識した絃が実家に迎えにきて、二人はよりを戻します。奈世の両親のことばが彼女を冷静にさせた形で、二人がお互いへの理解を深め、少し前進といったところ。その流れでゴールインとなればいいんでしょうけど、個人的にはこのカップルは最終的には上手くいかず別れると思いました。やはりこのカップルの間にはどうやっても埋められない考え方の相違が存在します。どちらかが「ま、いいか」と妥協できればいいんですけど、この二人はどちらも結構頑固なんですよね。多分数ヶ月もすればまた同じような問題が勃発するんじゃないかな。

◆綿矢りさ作品のレビュー
「かわいそうだね?」

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怒り (上) (下)/ 吉田修一

 

図書館で予約待ちしていたものをようやくレンタル。上巻は年末年始に読みましたが、感想を書く前に下巻も読み終えてしまったので、まとめてレビューします。

殺人事件を起こし、整形手術をして逃亡している山神一也という男を追い続ける警察。その警察の元に、容疑者に似た男がいるという情報が寄せられます。物語は、新たな土地に移り住んできた山神に似た3人の男と、彼らの生活を支える人々を中心に進みます。

3つのエピソードが代わる代わるやってくるので飽きずに読めるんですが、個人的には同性愛者の優馬と直人のエピソードが断トツで面白かったですね。二人は恋人同士でもあり、飼い主とペットの関係のようにも見えます。優馬は直人に自分の部屋に住まわせ携帯電話を与えても彼の過去を知らないし、自分が働いている間にどこで何をしているかも知らない…。猫のように自由に生活しているけど、たまに思いもよらぬ優しいことばをかけてきたり、入院中の優馬の母親を見舞いに行ったりと、なかなか見事なツンデレ具合を見せるので憎めません。いつの間にか優馬に感情移入してしまいました。

人は好感を持ってしまえば、素性の判らない相手でも受け容れてしまうものです。
優馬が、心を許した直人に「お前のことを信じてない」というようなことを言いますが、そう直接言えることは逆に相手のことを信じているということなんだと自覚します。この文章に大きく同意。直人が姿をくらませても騙されていたとは思わずに、ただただ彼の帰宅を待ち続けるなんて健気じゃないですか!
もちろん、一旦疑いを持ってしまうと疑念は膨らんでいく一方で、優馬とは違い相手を信じることができない人間も出てくるわけですが、それはそれで共感できました。

舞台が3つもあるためどうしても登場人物が多くなりすぎて憶えるまでに時間がかかるのが難点ですし、タイトルの"怒り"の正体が最後まではっきり明かされない点は個人的に嫌でしたけど、人を信じることを軸にしながら犯人や動機が終盤まで判らないサスペンス要素も含んでおり、昨年冷めていた読書熱を一気に再燃させてくれるパワーを持ったエンタメ小説でした。
吉田修一作品としては「悪人」と並ぶお気に入りです。

◆吉田修一作品の評価
「悪人(上)」
「悪人(下)」

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ジャンル : 小説・文学

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いぬふく

  • Author:いぬふく
  • 趣味は多数。テニスは主にWTA(女子テニス)、音楽はアメリカンR&BとHIPHOP、ゲームと映画、読書はジャンル問わず。
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